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『マッピー』用ボーダー

つなぎ

先週6日にだんなが宮城県東松島市の小さな島、宮戸島へ
お風呂の設置へいってきました。

ヒナタノオト稲垣さんがだんなのメールをもとに
ブログで報告くださっています。
http://hinatacraft.blog85.fc2.com/blog-entry-1411.html

4台目の設置も決まったそうです。
今度はなんとか大きい湯船を探してつけたい、と言っています。

「住民のみなさんは、公民館で共同生活をしています。
今までは、自衛隊のお風呂支援があったそうなのですが、仮設住宅の建設が決定し、
お風呂が引き上げていったため、つなぎとして、設置してきました。

現地では、こちらで組み立てた、小屋を組み立てなおして、
廃屋から薪を集め、薪焚きのお風呂を設置してきました。
ドラム缶を加工したボイラーなのに水道の水を瞬時にお湯にして、
湯船にかけ流してくれます。薪以外電気も使いません。
これで3機目なのですが、どれも順調に働いているそうです。」

つなぎでしかないけど
つなげることができてうれしいです。

お金という形で集まったものが
あたたかいお風呂の時間になって
少しでも元気を養ってもらえたら。
今はひとりの時間も、
いろいろ想う時間も、
新しいところへ向かうのに大切だとしたら、
お風呂の時間と空間もそっと置いてこれたみたいで、
そういう意味でもよかったと思えます。

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by kegoya-nikki | 2011-06-13 11:33

『マッピー』用ボーダー

この時期

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人のお宅のあらゆる垂直に

たわわに垂れる君に

春、いつもえへへと思う。



君のたわわ感がすごく好きで
花蓋かごを作ったんだよね。

たわわ感は
かご持ってる人にも伝染してると思うのよ。

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この時期 りーちゃんは昼寝より開拓に余念がない。

毎日捕獲したおみやげをもってくる。
目つきもかっこいい。(メス)
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by kegoya-nikki | 2011-06-05 19:55

『マッピー』用ボーダー

人の手

先週の土曜日の仙台マルシェが無事終わり、

翌日は母のふるさと陸前高田に母と一緒にボランティアで入りました。

おとなり住田町の公民館がボランティアのための住田基地となっていて、
ボランティアが活動しやすいように
いろいろな準備がされていました。
食糧や寝袋は持参しました。

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コーヒー

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マスクや手袋

わたしは土曜日遅くに着いたのにスタッフの方の対応で寝床へ案内してくれました。

朝、陸前高田災害ボランティアセンターに着くとたくさんの人が集合しています。
被災者の依頼とマッチングをして、
わたしたちは沖縄の男性2人と一緒に個人宅へ向かいました。

がれきの街になっているので、地図に載った目的のお宅に着くまでが一苦労でした。

着いたらすでに入っていた6人くらいと合流して、
女性は皿を洗って片付けるお仕事。
男性は家具を運び出して
濡れた畳をはがして床も丸ノコで切ってはがして
土台に入り込んだ砂を掃除して乾燥させる、というお仕事をはじめました。

すべてのお皿の高台にまで砂は入り込んでいて、
津波の跡は手をつけられる規模じゃないことを知らされます。

鉄の包丁なんかは塩で全部錆びていました。

やっとあたたかくなって、水仕事ができる今なんだと思います。

皿洗いと聞いて台所でやるものだと思っていたら、
1Fは津波の被害で使えず、
屋根の上でタライを3つ使って水洗いをひたすら1日やりました。

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依頼主のお父さんは、たくさん出てくるお皿に申し訳なさそうに
「こんなに皿いらないのにな。大変だべ」
「これは茶碗蒸しを食べるとき。」
と話してくれました。

いつもの毎日があったことを明るく話すから、
わたしたちももくもくと、目標の全皿洗いきって収納することに専念しました。

男性陣も1日がかりですべての床をはがして
依頼主のお父さんはすっかり片付いた様子を見て
涙を浮かべていました。

すれすれ半壊で済んだお父さんも
おとなりもまわりも、家が全壊していたり、
すごい光景の中にいます。

家のもの全部、塩と砂を洗い流す人の手が必要なんだと思いました。

沖縄の方は1週間近くいて、毎日ボランティアをしているそうです。
「一番遠いところにいる僕たちが何かしたいと思った。」
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震災直後から、グループで沖縄から支援活動に必要な車を送ったり、
思い切った支援を続けていて、ボランティアセンターさんからも頼りにされていました。

「本を調べたら、沖縄も昔大きな津波があって、
石垣の町民の半分が犠牲になったことがあるみたい。」

わたしの存在も、陸前高田を過去に襲った津波をかいくぐった
わたしのおじいちゃんおばあちゃん、父、母、が
生き残ってのものなんだと、
一生気づかなそうだったことに気づきました。

気仙沼の人が言っていました。
「海の人は一生頭のどこか隅っこで津波のことを思っている」

そのとき遭遇した世代は 泣いている
そのずっと後生まれた世代は 忘れていて
でもその命は泣いた人たちからつながっていたりする。

人前で泣かない東北の男の人が
カメラの前で泣いているのをたくさん見た。
わたしはこの人たちとつながっていると思った。





月曜日(6月6日)にだんながお風呂の設置を手伝いに、松島へ行く予定です。
お預かりしている義援金を役立ててもらうので、またご報告したいと思います。
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by kegoya-nikki | 2011-06-03 16:03

『マッピー』用ボーダー